震災から6年

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     2011年3月11日の東日本大震災から、今月で6年になります。これまで犠牲になられた町民の皆さまのご冥福をお祈りし、ご遺族の皆さまにお悔やみ申し上げます。

     私たち大熊町民は、6年におよぶ避難生活という異常な事態を等しく経験しています。しかし、このことをどう受け止めているかは一人一人違っています。現在の暮らし、必要な支援も同じではありません。
     これまで、皆さんの「心の復興」について、行政として絆維持事業やコミュティ支援に取り組んできました。十分なものではなかったかもしれませんが、帰還が見通せない以上、この課題はさらに重要度を増してきます。「すべての声に応えることはできない」と諦めることなく、今後も多様化が予測される皆さんの声に耳を傾け、ベストの道を模索していきます。

     震災から7年目に入ります。厳しい状況が続きますが、前を向く1年にしたいと思っています。これまでの6年も、逆境の中、それでも前を向くことでさまざまな困難を乗り越えてきました。「そんなに単純なことではない」との意見もあるでしょう。
     しかし、必ず何かが見えてくると信じて、これからも皆さんと共にまず顔を上げて前を向くことから始めたいと思います。


    大熊町長 渡辺 利綱


    震災から4年を迎えて

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       4年前の本日、東日本を襲った巨大地震と津波は、当町に未曽有の被害をもたらし、11名の方が尊命を亡くされ、1名の方が依然として行方不明となっております。また、震災に伴う原子力発電所事故により、全町民が、ふるさと大熊を離れて避難生活を余儀なくされ、本日まで、381名の方々が避難中にお亡くなりになられました。
       この震災により、多くの町民の方々が犠牲になられたことは、誠に痛恨の極みであり、今はただ、御霊のご冥福を心からお祈りするばかりです。

       最愛の肉親を亡くし、ご自身も被災者であるご遺族の皆様は、今なお、不自由な避難生活を強いられているところであり、満足に供養することもできないといった深い悲しみ、喪失感は、察するに余りあるものがあります。

       現在もなお、全町民の避難が続いており、この間、国や福島県、会津若松市、いわき市をはじめ、全国各地から数多くのご支援をいただいております。ご厚情の数々に深く感謝を申し上げます。

       大熊町の避難も5年目を迎え、今年こそ正念場の年になろうかと思います。 大きな課題である中間貯蔵施設につきましては、苦渋の判断ではありましたが、町としても建設を受け入れ、搬入を容認したところです。先祖代々の田畑を失い、墓も取り上げられる苦しみを思うと、まさに断腸の思いでありますが、苦しみを共有し、悩みを分かち合いながら前に進んで参ります。
       また、町政懇談会においても、町民一人一人が様々な考え・思いを持っていることを改めて認識させられました。懇談会での意見を取り入れ、帰りたい人、帰らない人、それぞれの支援のため、「避難先での安定した生活」に資する生活再建支援策と、「将来的な帰町を選択できる環境」の実現に向けた施策を二本柱とした「第二次復興計画」を策定します。そして、大熊町が「原子力発電所事故からの復興の先導役」となり、町民の皆様の暮らしや希望を支え、町土・双葉地方全体の復興を牽引して行きたい思っております。

       今回の災害が大熊町に与えた影響は計り知れず、復興のための課題は山積しておりますが、町民の皆様の生活と健康を第一に考え、復興に向けて、懸命に、そして着実に前へ進んで参ります。
       結びに、犠牲になられた方々の御霊が、とこしえに安らかならんことをお祈りし、ご遺族の皆様に深甚なる弔意を表しますとともに、ふるさと大熊町の一日も早い復興をお誓い申し上げます。



      平成27年3月11日  
      大熊町長 渡辺 利綱


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